榛名無名雑感
第101号 老人の幸せはどこにあるのだろうか

ある小冊子で「老人の幸せの三大要素」 という文章を読みました。
それによると、老人の幸せは、 「お金があること」 「生きがいがあること」  「健康であること」だそうです。

私は、この文章を読んで、思わず 「当たり前のことではないか」 と苦笑してしまいました。
老人に 「お金があり」 「生きがいを持てる趣味などがあり」 「健康」であれば、幸せに決まっています。これらが備わっていてまだ幸せでないと、愚痴が出るのでしょうか。


多くの老人は、「お金が不十分である」かもしれません。 「生きがいを見つけるのに苦労している人」 はたくさんいます。 「健康」にいたっては、 「病 」を持っている人が大部分です。 「病」を持っていても、幸せだと言えるかどうかです。 「病」と付き合っていくのが老人の特色とも言えるでしょう。 これといって 「生きがい」 を持っていなくても、小さな日課を積み重ねて、「生きがい」にしている人も、立派な 「幸せ老人」でしょう。

お金に心配しながら、 持病や 突然に襲ってくる重い病気 と付き合いながら、寝たきりになってもなおかつ、出来る範囲で、ささやかなことを生きがいにできるならば、なんと素晴らしい「老人の幸せ」といえるでしょう。


死を 背後に背負いながらも、 老人の「幸せ」はあるものと信じたいのです。



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第100号  苦しいか? 修造! 笑え!
   
  テニスプレイヤーの松岡修造の言葉です。
  スポーツに限らず、人間には苦しい時があります。 苦しいだけでなく、病気の時も、特に「痛み」に対しては日常生活の中で人間は弱いのです。
  痛みが体のどこかにある時は、気もそぞろで、まともに他人の話を聞けません。

   私は足が痛いのですが、家内は「痛い時、病気の話をするときに、眉間にしわを寄せないで! 笑って! 」 と絶えず忠告してくれます。

   薬に依存しても、痛みは取れないものです。  「笑う」心境までにはなかなかいかないのです。

   でも、多くの苦しんでいるみなさん!   「苦しいか? 痛いか? そういうときこそ笑え!」 と、
 松岡修造の言葉のように、自分自身をはげましていこうではありませんか!



第99号 あなたの輝きを願っている人がいる


>「あなたの輝きを願っている人のことを忘れるんじゃない」(マルチョン名言集より)

どんなに年をとっても、人は輝きを期待されているものかもしれません。
 あなたが輝けば、あなたの孫もうれしくて輝いてくる。 妻も、夫も、お互いにそうでしょう。

新生会の入居者のご老人一人一人は、自分の老いと戦いながら、堂々とした老年を過ごそうとされているのです。

自分が、輝やき、充実しておれば、妻も輝いてくる。  よくわかっていることなのですが、・・・。

さあ、みなさん、気を取り直しつつですが、元気にやりましょう! 



第98号 小さいことの積み重ね
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道だと思います。」
これは、イチローの言葉です。


老人ホームの狭い部屋で、
一人で、片足立ち、スクワット、筋トレをしているご老人。
自分の痛い足を乗り越えようと、毎日毎日、小さな行動に、良くなることを信じて、実行している。
同じような小さな目標を持って実行している人は大勢いることでしょう。

イチローの言葉は、ホームの居住者の気持ちでもあります。

同じように、
「現状維持では、後退するばかりである」(デイズニー)という言葉も、
「人間、志を立てるのに遅すぎるということはない」(ボールド・ウイン)という言葉も、
居住者の一日一日の小さな行動に意味を与えてくれているように、私には思えます。




第97号   何かしなければと思いすぎるな
「今の人はみんな、何かしなければと思いすぎる」・・・この言葉は河合隼雄の言葉です。

仕事をリタイアし、老人施設に入っている者にとって、何か考えさせられる言葉です。
この施設の中で、本当にやりがいを持って充実している人がどれだけいるでしょうか。
みなさん、個々人に応じて、日々の生活設計には、苦心していることでしょう。

そういう時に、「何かしなければ」と思いすぎるな、というのです。

新しい風が自分に吹いてくることを信じて、思いすぎずに、やってみるのも、一つの手だなと思いました。

この言葉を、私は「癒し」の言葉と感じたのでした。




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