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榛名無名雑感
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第16号 ワンポイントのお話し
桜は散っても、芝桜
 桜は散っても、芝桜


  私のよく知っている方で、多くの人の悩みや愚痴を聞き、少しでもその相談者の心を癒すというお仕事をされている方がいます。

  その方が、先日、1週間の休みをとられました。 普段、人を癒すお仕事をしておられますが、当のご本人にはなかなかストレスの多いお仕事のようです。 都会を離れて1週間、新生会の近くにある高原村という自然豊かな山の中に入ってきたとおっしゃっていました。 そして私にこんなワンポイントのお話しをしてくださいました。

  「都会を離れ、自然の中に入ってみると、土や草、自然というものがあんなに心を癒してくれるものと思わなかった。 土のにおい、自然のにおいというものが、人間の心を洗ってくれ、人間を原点にもどしてくれるような気がした。 そして自然というものに感謝をして、ふたたび自分の仕事に立ち向かおうという、フレッシュな気持ちを抱いて、山を下ってきた」とおっしゃっていました。

  心を癒すお仕事をしている人が、自分の心は自分では解決できず、自然の力で心が癒されたというお話しでした。

  偉大な精神科医、自然。


    2013年4月25日

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第15号 老け込むつもりは毛頭ありません
蘇芳(すおう)の花  花言葉は「豊かな人生」
蘇芳(すおう)の花。 花言葉は「豊かな人生」


  時々、こういうことを言われます。「あなた方夫婦は、まだ60歳も半ばなのに、よく老人ホームに入る決心をしましたね。」

  私は、こういわれると、決まってこう言います。…私たちは、ここに入って、老け込むつもりは毛頭ありません。仕事も充分今までやってきて満足でしたが、リタイア後のこれからは、もっとグローバルに、自由に、また、若々しく、第二の人生を送りたいと思っています。そのための拠点として、新生会は最適だと考えていたのです。新生会は発信力のある雄大な老人ホームなのです…。

  私は、仕事を未だ2~3、役職仕事ながら持っています。新生会から、東京に週1~2回ほど通っています。新幹線で約1時間。東京への通勤圏です。私にとって、軽井沢にも近く、大好きな苗場にも近い、好立地です。

  私は、「老人ホームは、若く元気なうちに入るほうがよい」というのが、信念です。体が弱ってからでは、引っ越しも大変。老人ホームに入って老いを見つめるだけなのでしょうか。
 

 新生会創立当初は、夫60歳代、妻50歳代という方々の入居も珍しくなかったと聞きます。 尊敬する私達の先達も、60歳代から入居を考えられ、5年間待ってやっと71歳に入居がかなったと言われています。 以来、音楽編集・鑑賞、絵画、教養講座、物理学研究にと、大活躍をしてこられました。 皆そのようにして人生を刻んでこられているのです。

  もちろん、新生会は、自立型から、介護ホームまでのコンビネーションン「総合施設群」です。ヤングシニアからご両親の介護まで、終身を引き受けた、終の棲家です。

  私達夫婦は、ここで、「精神と肉体の砦」を築き、勇猛に生きたいと願っています。


    2013年4月17日
第14号 進んでやった仕事は楽しいネ・・・
ウエルカムセンターのマドンナ達
 ウエルカムセンター
 誰にも笑顔!


 以前、私の住んでいたご近所に、小学校低学年になる活発な女の子がいました。この女の子はとても良い子で、いつもにこにこした明るい子です。

 ある日、私が帰宅した時のこと、その女の子が一人で、デッキブラシを持って、玄関のタイルに水を流し、ゴシゴシと洗っていました。小さな女の子が、大きなデッキブラシで、玄関から道路の端の水路まで、何度も行ったり来たりしながら、たった一人で洗っていました。

 「えらいね。一人でお掃除?」と私が言うと、「はい。今、なにもすることがないから。」と言いながら、それをきっかけに、いろいろなお話をしてくれました。いつもこの子のお話は楽しいです。私が話しかけなくても、私の姿を見ると必ずといってよいほど走ってきて、お話をしてくれます。この日も手を休めずに、学校のことなどを話してくれました。

 そして、道路に出た水をデッキブラシで追いかけながら最後に、この女の子は大きな声でこう言いました。「お父さんやお母さんから、やりなさいと言われて仕事をさせられるのは、辛いけど、自分で進んでやった時は、同じ仕事でも楽しいネ」と。

 私は、この言葉には、前向きなエネルギーを養う大きな可能性が秘められているように感じました。そして、このような小さな子供の言葉の中にさえ、とてつもなく大きな哲学が含まれている気がしたのです。


 榛名荘病院、新生会、はんな・さわらび療育園などの創立者も、世間から遠ざけられたような人々のために、進んで、身を投じて仕事をしたことを、この女の子の小さな仕事の延長線上に、思ったのです。

 この時だけは、まさしくこの女の子は「私の師」でした。


   2013年4月12日
第13号 100点満点からの脱皮
新生会周辺の散歩道
新生会周辺の散歩道


 数年前の夏、私は心房細動という不整脈を治すために、除細動という手術を受けたことがあります。 その結果、不整脈は一応治まり、無事退院できました。 しかし、退院したあとも、発作がいつくるかということを恐れて、食事も思うように摂れず、痩せていきました。

 ある日、主治医に「心房細動が時々襲ってくるようで、元気が失せてしまうのです!」と訴えました。 すると主治医は大きな声で、このようなこと言われました。

 「中島さん!中島さんは100点満点で生きようとしているのではないですか。 100点満点でないと生きられないのでは、だめですよ。 60~70点の健康状態でよいのですよ。 少し具合の悪い部分と上手に付き合いながら生きることです。 すると、自然に100点満点の健康に近づいてくるものですよ。 手術が成功したからもう以前と同じ健康になったとヌカ喜びをしてはだめ。 それに、以前の100点満点の健康時と比較して、今を嘆いていてもダメですよ。 まったく以前とは異なる人間になったと、感謝しつつ生活してみてください」と、言われました。

 100点満点を求めるな・・・こう言われたのは、学生時代を含めて、生まれて初めてでした。

 
 社会福祉法人新生会には、100点満点の健康の人は少ないかもしれません。 しかし、自分が何点であろうが、自分に見合ったパワーで、ウオーキングする人、卓球をする人、体操をする人、趣味に没頭する人、そして…豊かな笑顔が隅々まで溢れているのは、驚くべきことです。


2013年4月12日
第12号 さまざまな心境にある人へ
花は誰の心にも
花は誰の心の中にも


 何かしら悩みを持っている人が春を迎えた。そんな人の心に響く言葉を集めて見ました。
   (斉藤茂太、鎌田實、掘田力、田坂広志、柏木哲夫、竹森満佐一、森田正馬・・・等の言葉から)

・健康を気にして守りの生活をしないようにしよう。
・私も持病が悪化しまして」と暗い表情の人よりは、「私なんかもうコイツ(持病)が第二の女房みたいなもんですよ」と言って、カラカラと笑っている人の方が若くなる。

・大丈夫、大丈夫、うまく解決する、必ずよくなると、何度も自分に言う。
・健康維持も、仕事の立てなおしも、正々堂々と生きることから始まる。
・病気にも勝ちパターン、負けパターンがある。
・失敗が何だ、病気が何だと、開き直ることだ。

・相手を許してやることで幕引きとする。
・生きることは呼吸することではなく、行為することである。(ルソー)
・心の免疫力をつけるとは、希望や自信、愛情をそそぐ対象を持っていること。
・一日一回、ジョークを考えて、使ってみる。

・花は前向きな気持ちで花を咲かそうとしているのでもなく、後ろ向きに花を咲かそうと思っているわけでもない。そのままの姿で咲かせているだけである。

・介護問題に出会ってしまったら、逃げなければいい。ともに苦しむ介護から、ともに幸せな介護へ。
・逃げない生き方が性格を変える。・・・・

 みなさん、春から楽しくやりましょう。「榛名無名雑感」は、これからも「言葉探し」です。一生を左右する1語を私は求めています。

    2013年4月6日
第11号 思いがけない勝ちパターン
私の部屋の窓から。満開の桜と天狗山
私の部屋の窓から。
満開の桜と天狗山


 還暦を過ぎて、体調を崩した頃、私は、衝撃的な言葉に出会いました。斉藤茂太氏の著書に多く出てくる、「あきらめよ」という言葉でした。

 私はこれまで、「がんばれ!」「がんばれ!」「あきらめるな!」という言葉をどれだけ言ってきたことでしょう。 この精神で教師生活を送ってきたといって過言ではありません。 ところが、「がんばらないでいいんだよ」「あきらめていいんだよ」という言葉に、年齢のせいか、妙に癒されてしまったのでした。私の人生哲学が、真反対に動かされた思いをしました。 今までの自分は何だったのか。「あきらめていいよ」という精神は逆ではないのか。それでは単なる負けパターンではないのか。

 もちろん、「がんばる」ことも「あきらめること」も、両方で一つの精神を示す大切な言葉であることは確かです。

 しかし、病気をし、退職をし、目的を持ちたくても持てない、まして、燃えるような情熱も持てない、生き方が探せない、第一体力の急の衰え…そういう焦りの状態になっているところに、「がんばらなくてもいいよ」「あきらめても、次の人生があるからね」と言われ、癒されてしまったのです。

 「すっかりあきらめて、自分の人生を白紙にすることだ。白紙にするからこそそこに「次の人生」を自由に描き出すこともできる。」・・・斉藤氏の言葉です。

「あきらめてみなさい」という逆説的言葉の向こうにも、第二の人生の勝ちパターンがあるというのです。

 そのことが、まだ60代でありながら、私に、社会福祉法人新生会に入居を考えさせました。

 第二の勝ちパターンを求めながら。

   2013年4月4日
第10号 新生会の言葉
陽は昇る
    陽は昇る

 以前、CANONが新聞の1面広告に、「社長、いわく。」と題して、50もの会社の社長が、社員に投げかけた「言葉」を載せていました。
 「言葉」の裏に、一つ一つの会社・企業のトップの方々が、従業員を導き、且つ、会社を前進させるご苦労がにじみ出ていたように、私には読めました。

 企業名、社長名を省略させていただきながら、心に残った言葉の一端を引用してみたいと思います。

   「夢は、夢にあらず」       
   「この一事に生涯を献ぐ」     
   「本来無一文」          
   「仕事とは、自己形成なんです」 
   「医療・福祉を通して、ありがとうナンバーワンを目指します」
   「流れる水は腐らない」      
   「迷ったときは、直球勝負」

 迫力のある、前向きな言葉が多いのは、企業訓らしいところですが、これらの言葉の裏に、社長自らの弱さがあり、だからこそ、言葉にすがり、自分をも奮い起こす自己形成があり、そして会社の特色が出ているように思えました。

 トップが最もすがろうとするのは、「一つの言葉」です。言葉が人を揺り動かさない会社・企業、そして、福祉施設、学校は、弱いと言わざるを得ません。求められるトップ像、社長像は「言葉」を持っているかどうかということかもしれません。

 私の居る、社会福祉法人新生会は、創設以来、次の言葉を、揺るがずに、持ち続けています。
 (「榛名無名雑感」第4号参照」)

               新生会が持つ 誓いの言葉
   
       あなたが、あなたの老年期の住居を、新生会のホームに
       定めてくださった御縁を感謝し、あなたが去ることを希望されない
       かぎり、最後までお世話させていただきます。
  
  
  2013年4月3日
第9号 介護疲れの増大
 長い期間咲いているシクラメンの花
長い期間咲いている
シクラメンの花

  社会の中には、家庭の中で、お年寄りの介護に明け暮れている方もいらっしゃることと思います。 ずいぶん前から、新聞を読んでいて、「介護」の様々なケースや論評が掲載されていない日がありません。「介護」が、これからの社会や政治の大問題として、私達のすぐ側にあることを物語っています。

 朝日新聞の「天声人語」(2009・9・11)には、特に年老いた夫が妻を介護する悲哀が書かれていました。 心苦しいことながら、抜粋してみます。

 ▼男性は家事に不慣れだし、弱音も吐きやすい。介護疲れ、孤立感、経済的な苦しさは虐待にもつながる。▼寝たきりの妻(60歳)を包丁で刺して怪我をさせた夫(63歳)に、山口地裁は、「介護疲れ」として、執行猶予付きの判決を言い渡した。結婚して2年で脳出血で倒れた妻を13年間、一人で介護してきた夫は自分も死のうとしたが、死にきれず、自首して来たという。 ▼法廷では「僕が好いた人。今でも妻が好きです」と、夫は声を詰まらせた。▼介護が他人事でない裁判員もいた。 ▼元気だった妻との2年に劣らず、続く「介護」の13年も今では宝物(であっってほしい・・・)とあった。

 もちろん、悲哀なのは男性介護だけではありません。 病人が病人を、老人が老人を、妻が夫を、嫁が義父母を、子が親を、親が自立しない成人の子を・・・いずれの場合も、「介護」は社会の大問題です。 介護施設も急速に増えてきましたが、「介護のありよう」ほど、経済格差が比例するものはないようにも思えます。

 「生死の瀬戸際」や「人生の終わりにやらねばならないこと。してもらわなければならないこと」「底辺に生きる人たちのいること」「本当の幸せは、そういうことから逃げないところから生み出されること」…社会福祉法人新生会で働く人々は、介護・福祉に、真正面から立ち向かっておられるのです。

     2013年4月2日
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