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榛名無名雑感
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第25号 夢のある暮らし
妻が生けた花
  妻が生けた花


  世間では、少年に関係した事件が多発しています。 自殺やいじめ、理解に苦しむ犯罪まで、毎日のように報道されています。 学校教育も難しい時代になっているようです。 少年も、大人も、ぜひ前向きで明るい生き方をしたいものだと思います。

  かつて、西武ライオンズ時代の松坂選手が、「少年はもっとスポーツをしよう!」と、少年たちに異例の呼びかけをしたことがあります。 「僕は中高校時代にスポーツによってルールを覚え、ルールを破らないように厳しくしつけられてきた。明るく夢のある大人になるために、スポーツをしよう」と訴えました。 名言だったと思います。

  また、名言といえば、私の働いていた高校に大学の教授が出張授業に来てくださったことがあります。 法学部のT教授はいくつかの名言を高校生に与えてくださいました。

 「僕の高校時代、あの頃僕は真剣に生きていた。 まるで、息を吸うのも命がけのようだった」「部活動をやるのも真剣だった。勉強をやるのも真剣だった」「何事も熱い心で向かっていった」 そういう中高校時代があった。と言われるのです。

  T教授はなかなかの硬派で、「行き詰まったら、旅に出ろ」とか、「一生懸命やってみなければそのおもしろさはわからない」という言葉も投げかけてくださり、その熱い心を感じた高校生も少なくありませんでした。 
  陰湿ないじめや不正に明け暮れているわけにはいかないのです。

  さて、以上のような名言は、少年だけに向けられたものでしょうか。 私が入っている新生会のお年寄りも、静かですが、燃えているのです。「創造的な夢のある暮らし」。 このことに関しては、少年期より、老年期のほうが、身に病を抱えながらでも、卓越しているように思うことしばしばです。

  百歳を越えた聖路加国際病院理事長の日野原先生は、こんなことを言っておられます。「人生のぎりぎりまで新しいことを考え、働ける人間でありたい」と。

  松坂選手やT教授、日野原先生の、数々の名言は、今の私にも向けられているのです。


2013年6月28日


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第24号 人間関係、悩みの解決法
心にも光が。
   心にも光が。


  先日、新聞の下段に、新刊本の広告が出ていました。 その本の内容紹介のタイトルには、「人間関係に悩むすべての人に贈る新時代のコミュニケーション術」とありました。

  人間関係に悩み、ストレスを感じている人は、少なくありません。その悩みを解決する「コミュニケーション術」とは、私にとっては驚きの、次のような内容が、小見出し的に羅列してありました。

   ◎交流会・パーテイにはいくな。          ◎空気は、あえて読まない。
   ◎いらない関係は金を払ってでも切れ。     ◎陰口はむしろ喜べ。
   ◎つきあいの結婚披露宴には欠席で。      ◎メールの返信はしない。
   ◎行き当たりばったりの生き方をしろ。      ◎知り合いを増やすな。
   ◎愛想笑いとヨイショはするな。          ◎「いい人」になるな。

  人間関係は増やさず、立ち入らず、むしろ切り捨てる。 それだけで、人生がむしろさわやかになるというのです。

  皆さんは、どう思われますか。

  私は、この本(実は、まだ本文は読んではいないのですが…)の反対を良いこととして生きていたように思います。  一生懸命、「いい人」になろうとして、仲間を増やして、陰口を気にして、そして、疲れて、ストレスをため込んで…だったかもしれません。

  決して弱音ではなく、時には、この本のような真逆な生き方に、肩の荷を下ろす秘訣があるようにも思えます。「個」に立ち返る、ということでしょうか

  新生会の創設者、原正男氏のことばに、「わずらわしい監督なしに、個が尊重されたさわやかな人間関係」のホームを創りたいとあります。 新生会創設の精神の一つです。

  乱暴な生き方を提案している本のようでありながら、案外、日ごろの悩みから解放させる真髄があるのかもしれません。

  この本を、近くにある榛名図書館に取り寄せていただき、読んでみようと思います。

   2013年6月19日

第23号  出来なくなっていく
ハワイの花
  ハワイの花


  数年前、ある司祭さんの文章で、お父さんが亡くなられた時のことを書かれた文章を読みました。 それは、「出来なくなっていく」という題でした。

 ・・・一ケ月前に父親が天に召されました。 三年ほど前に胃と肝臓を摘出し、以来、癌との共存の日々が続きました。 その過程は父親が「自分の力で出来なくなっていく」というものでした。 

  食べることも、歩くことも、排泄することも、書くことも、読むことも、話すことも、何もかもが出来なくなっていき、最後に、息をすることも出来なくなりました。

  病状の最後では、私の手を借りながら、ベッドから起き上がれなくなり、父親がそこまで出来なくなってしまうことに、びっくりしました。 父親とは、生まれた時からの付き合いで、私の中では何事もできる人であり、しゃにむになって働いていた「動く」存在だと思っていたのに・・・。

  こういう文章でした。
  このお父さんは、何も出来なくなりました。 最後にできたことは、息子さんの腕の中と、神様に「身を委ねる」ことだけでした。 完全に身を委ねることができました。 神様に身を委ねているお父さんの姿から、それまで一生懸命生きて来られた人生が浮かんできます。「価値ある人生」として、光り輝いている気がしました。

  人間はすべて、神様に身を委ねることだけが「出来るようになる」。 その「たった一つのこと」ができるようになるために、光り輝く日常の愛の業を交わす中で、「今」を、一生懸命生き抜いていくものだと、気づかされているのです。

(拙著:『ミッションに立つ学校から』聖公会出版 より抜粋)


2013年6月12日

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