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榛名無名雑感
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第30号  責任をとる者は誰だ
新生会 春光園
 新生会 春光園


  昨今、子供のいじめ、自殺が、しばしば報道されます。
  いじめはどうしたらなくなるのか、手の打ちようがありません。 子供同士の解決能力が現代では低下しているとか、学校が悪いとか、教師の力がないとか…

  事件が起きて問題が膨れ上がった時、必ず、校長の責任が問われます。 校長にはなんでも責任が集中します。 担任を飛び越えて親まで苦情を校長に訴えます。 校長とは大変な立場です。

  時々、理事長が前面に出て事件の責任をとったり、教育委員長が責任をとったりすることがあれば、立派なものです。 おおかたは、自分が任命した校長に責任を任せようとします。

  校長にはそれ以上の人がいません。 自分を処分する人はいても、一緒に現場に降りて、ともに苦しんでくれる人は、例外を除いて、いません。  校長とは、責任と処分の間で、いつも孤独です。 立派な校長は、その孤独に打ち克ち、教育のビジョンに燃えようとするのです。

  その点、長い人生の終焉気に近づいているお年寄りに囲まれていると、癒されるときがあります。… あるお年寄りいわく、「自分の人生の責任は、自分で取らなければならないものですよ。 でも、最期には、自分に変わって責任を取ってくださる方がいるのです。 それは神様です。 神様が、自分の責任を担ってくださるものですよ。ですから、私の背負っている荷はいつも軽いのです」と。

  私たち人間の創造主、この世への任命者は神様です。 この任命者は、私たちに責任を取らせずに、また、私たちを処分するのでもなく、すべての罪と失敗をご自分だけで身に受けた方なのです。

   学校や、会社で、自分の荷を一緒に担ってくれるものがいないと思われているる立場の方々、また、病気や、老年期で命を見つめている方々、僭越ながら、荷を軽くしてくださる福音があることを忘れずに、 頑張ってほしいと思います。 

  出来るなら、上に立つ人になればなるほど、自己の責任から逃げることなく、まず最初に( 後ではなく ) 弱き立場の者に頭を下げ、その重荷を共に背負っていくものになってほしいと思う昨今です。

2013年7月26日


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第29号  自分の相撲をとるだけ
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   新生会遠景


 先週は大相撲がありました。勝ったお相撲さんへのインタビューで、しばしばこのような言葉を聞きました。  明日の相撲はどう戦いますかと質問すると、力士はこぞって「自分の相撲をとるだけです」と答えていました。

 「自分の相撲をとるだけ」と言えることは、考えてみますと、大変うらやましい気がします。この言葉にはいろいろな意味が含まれているようです。

①今の自分に自信がないと言えない。
②今の自分の相撲に「型」があり、その「型」をよく心得ている。 自分を知っている。
③どんな相手でもその型を貫いておれば通用するという自信ができている。
④今までの「練習」「稽古」に満足感がある。
⑤苦しい日々、結果にとらわれずに、自分の最善を尽くせばよい。 結果は後からついてくる。

 このように「自分の相撲をとるだけ」という言葉が言えるには、その力士の今までにやってきた全てが含まれているような気がします。

 人生も同じことが言えるのかもしれません。 どんなに若くても、年老いても、日々、「自分の相撲をとるだけ」。 それで、充分な生き方だと思います。

 日々、最善を尽くせばよい。 結果は後からついてくる。 神様が良いようにしてくださる。
 そう信じて、新生会入居者としての日々を送っています。・・・力士の猛稽古に劣らない生きざまを、日々、私の周辺の方々から見させていただきながら・・・。

2013年7月24日




第28号 あまりにも無知だった!
新生会の夏
   新生会の夏


  東京三鷹から群馬榛名地区にある新生会に移転して1年余り、文字通り、よいこともあれば、信じられないような格差・矛盾を感じることもある。

  このたび、「国民健康保険証税」の請求が、高崎市から来た。 金額を見て大変驚いた。
  三鷹では、年に20数万円ほどだったが、45万円以上の額が請求されている。 目を疑った。 病院も遠く、医療事情も三鷹に比べ、格段に遅れているこの地域で、税金だけはこの高さか・・・!

  国保だけではなく、さまざまな税金は高水準の計算式で、くまなく取る感じがする。

  さっそく、市役所の近所の支所に行って議論をしてみた。 年金生活者の二人家族だが、私の年金収入では、計算上この金額になること、 75歳からの1割負担もなく、 3割負担のままでしょう、 という。

  収入を得る者が少なく、老人を支えるには、仕方がないのだそうだ。 新生会に入って老後の安心を受けたいと思っていたが、どうやら、恩恵を与える側のものが、移転してくれたと喜ばれているような始末だった。

  この地域は保守王国で、自民党ばかりが勝つそうだが、企業の誘致にも失敗が少なくなく、総理大臣を4人も出している自民党に、有権者は盲目的に騙されているのではないかとさえ思った。

  東京と地方の格差はあまりにもひどい。 税に苦しめられて、東京に舞い戻る人もいるそうだ。 税は全国一律の計算式にしてもらいたい。

  もちろん、地方の良さはいくらでもある。 駅前の駐車場は1日中無料だったり、渋滞も少ない。 空気はよい。 自然がある。

  しかし、雇用と発展の手立てを考えなければ、医療も遅れ、村が消滅するのは目に見えており、少子高齢化を
補うために、ますます、税金を、わずかでも取れるところから取る知恵ばかりだ。

  東京に近い群馬県だから、副都心構想も当然あってもよい。 元気の出る政策を打って出る人がいない。  役所の人からは、魯迅の小説「故郷」に出てくる村人と同じような無力感だけが漂っていた。

  移転して気付かされたこと、大である。  地方は苦しんでいる。 そのことにあまりにも無知だった。

2013年7月18日



第27号 自立するために
某国の夜景
  ある国の夜景


  精神分析家の河合隼雄氏の著書の中に、下記のような文章があります。

  いつぞや、こんなことがあった。 幼稚園の子供で言葉がよく話せないということで、母親がその子を連れて、相談に来られた。 知能が劣っているわけでもないのに、言葉が極端におくれている。 よく話を聞いてみると、その母親は、子供を「自立」させることが大切だと思い、できるだけ自分から離すようにして子供を育てたとのことである。 夜も添い寝をしないようにして、一人で寝かせるようにすると、始めのうちは、泣いていたが、だんだん泣かなくなり、一人でさっと寝に行くようになったので、親戚の人たちからも感心されていた、というのである。
  これは本来的な自立ではなく、そのために言葉の障害などが生じてきていることを母親によく説明した。 指示に従って、母親が、子供の接近を許すと、子供は今までの分を取り返すほどに甘えてきて、言葉も急激に進歩して、普通の子たちに追いついてきたのである。
  当初母親は、自立のために依存させないようにと単純に考えたのだが、これは間違ったやり方である。 自立は充分な依存の裏打ちがあってこそ、生まれ出てくるものである。…
  
河合氏は充分な「依存」があってはじめて,「自立」がうまれてくると言われるのです。

  なるほどと思いながら読み進め、私は、自分たち大人はどうなのだろうかと考えが及んだのです。

  人は皆、自分を生かす目に見えないなにかもっと大きな存在に、「依存」し、「ゆだねて」はじめて、人生を自立して生きてゆけるのではなかろうかと、思えるのです。

  充分にすがっていい。 充分に依存していい。 そういう存在が確かにある。 その存在に生かされているのが、人間であるように思えてきたのです。 そういう存在を持っている人は確かに強い人なのでしょう。

  充分な依存がなければ自立は生まれてこない。 初めて出会った言葉でした。


  2013年7月11日

第26号 讃美歌を歌って全うした人
部屋のコーナーに生けた花
部屋のコーナーに生けた花


  数年前、一人のおばあちゃんが亡くなりました。 このおばあちゃんは、晩年、日記を毎日書くことを日課としていました。 この日記帳は三男がお年玉と一緒に、毎年、新年に母親に贈っていたものです。

  亡くなって、その日記を家族が読みました。 日記の最初のページに、今年の目標五箇条が書かれていました。 毎年いろいろと目標が変わるのですが、最初の1箇条だけは例年、同じことが書かれていました。

  今年の目標:第1箇条  人の悪口を言わない

  このおばあちゃんは、最期の年まで、今年1年間「人の悪口を言わない」と、日記に書きました。 それは、けっして、このおばあちゃんが、人の悪口を言わない、清廉潔白な人であったからではありません。 このおばあちゃんは噂話が好きだったようですし、嫁と姑の関係も決して、穏やかなものではなかった人でした。

  このおばあちゃんは、「人間の業」とか「罪は口から出る」ということをよく知っていた人でした。  しかし、ついつい、不平不満や、ひとの悪口、嫁の悪口を言いがちなのです。

  人の悪口を言わないということは、人生のもっとも根本的なことなのでしょう。 子供から老人まで、人生何歳になっても、この問題で悩み、葛藤するもののようです。

  このおばあちゃんは、最期は脳梗塞から心不全になり、亡くなりました。
  脳梗塞で頭が混濁していた時、いっぱい管を付けてベッドに横たわりながら、このおばあちゃんは、大きな声で、日ごろ暗記していた讃美歌を何度も何度も歌って、力尽きました。

  家族は、母親の最期の言葉が讃美歌だったことに、涙が止まりませんでした。

  おばあちゃんが、日記に書き留めていた、もう一つの人生の目標は、「毎日,讃美歌を暗記して歌う」こと、だったと言われています。
  
  2013年7月3日


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