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榛名無名雑感
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第33号  老いと死(3):老いは第二の青春…
雲と光
    光と雲


  ヘッセは「人は成熟するにつけて若くなる」と言っています。

  「老い」は死のにおいを嗅ぎながら進んでいるだけではないのです。 「歩く」ことも、囲碁、将棋、絵画、写真、陶芸、様々な研究、何だってよい。 それが好きになれば、どんなことだって輝き出し、人生を満たしてくれるのです。

  「旅行ができるなら今のうちですよ。 自分たち夫婦は60歳代のころは年に2回海外旅行をしていました」と、私達を励ましてくださった人。  今も、お仲間と一緒に、南海の小島の海に、潜りに行っていらっしゃる70歳代の奥様も、新生会を拠点に活発に海外に出かけられます。

  エッセイを書くことに凝っている人もいれば、自伝を書いているご老人もいらっしゃるでしょう。  読書は、線を引いて読むと妙に心に言葉が蓄積します。 抜き書き帳を作ればなお楽しくなります。

  毎日歩いて、歩数を記録する。 老いたる者よ、外に出よ…です。  生きがいを持った人と持たない人とでは、精神的年齢の度合いが違うのです。

  健康に不安を感じないご老人は誰もいません。 ですから、なおさら、一つ一つの日課や趣味が、どんなに小さくても大きくても、わくわくするものになるのです。  他人と比較する必要はないのです。  たとえ、寝たきりであっても、ベッドで、老いの心の内は燃えています

まさに「老い」は、生命を実感する第二の青春です。


2013年 8月20日




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第32号  老いと死(2):老いを迎え撃つ
妻が生けた野の花
 妻が生けた野の花


  私は多種多彩なご老人と一緒に生活をしています。
  どの人も、「寝たきりにだけはなりたくない」「認知症にはなりたくない」…あまり口には出されませんが、共通の思いでしょう。 「老い」はなまやさしいものではありません。
 
  世間では老々介護も深刻です。 何組かの知人の老御夫婦に、私は「早く新生会にお入りになったらどうですか」とお誘いもしました。 その都度「もう少し自宅で頑張ってみるよ」、と言われているうちに、介護をしている側のご主人の方が、介護疲れで先に亡くなってしまった場合もあります。

  残された独居老人はどのようにして、余生を送るのでしょう。  手をさし延ばしてもさし延ばしても、届かない社会の現実があります。

  しかし、「老い」はとかく暗くなりがちですが、碁の仲間や、絵画、書、家庭菜園、その他熱中できる趣味のある人は幸いです。  趣味がなければ「歩くこと」しかないと、毎日毎日歩いて、明るく生活している人も多くいます。 80歳を越えて卓球をしている私の仲間も多くいます。

  90歳を間近にして、最近歩くことがかなり難しくなったあるご夫婦は、手押し車を求められ、それを支えに、ゆっくりゆっくり歩いて食堂にいらっしゃいます。  リハビリにも行かれます。  ご主人は90歳になるまで、車の運転をすると言われています。

  ご夫婦で、支えあい、愛し合い、「老い」を迎え撃っておられる姿は、私達に、このうえない感銘と勇気を与えてくださっているのです。

  私達夫婦は前向きに生きておられる多くの先達に囲まれています。  


  2013年8月16日

第31号 老いと死(1):生き方を変えなければ…
ベランダに咲いた1本のひまわり
バランダに咲いた1本のひまわり


  このブログ『榛名無名雑感』をたまたま読んでくださった、ある大学の先生が、この夏、ご自分のゼミの学生に話をしてほしいと、私にご依頼がありました。 

  自己満足で書いている私のエッセイを読んでくださっている人もいるものなのだと驚き、うれしく思い、喜んでお引き受けしました。

  ところが話のお題を伺って、しり込みをしました。私が話さなければならないのは、「老いと死」という大それた内容だったからです。

  私は60歳代で新生会に入居しました。 80歳代90歳代、100歳も越えて元気に、しかし、自分の健康と死に向かい合って生きている方々に囲まれて、まだまだ「老い」を言ってはならない歳であり、「死」となれば身近にあるようで、語る哲学も持っていません。

  浅い、感想に徹することにしました。

  
  ところで、常々、デパートに入って大変驚くことがあります。 最近のデパートは エスカレーターや階段の脇のスペースに椅子が並べられ、お年寄りがずらりと座って、時を過ごしておられるのです。 エレベーターの前も同様、20席ぐらいの椅子に人々が座っていますが、エレベーターが開いても席を立とうとしません。 明らかに、お年寄りの居場所となっているのです。

  図書館も同様に、1日中お年寄りの居場所になっており、席がありません。 男子の初老の方が圧倒的に多いのです。 実は私もそのうちの1人です。

  今、60歳定年、あるいは団塊の世代といわれる65歳定年になった人たちが、仕事から離れ、何をしてよいのかわからない社会現象があるのです。 定年の次の日から会社には行く必要がなくなり、どこにも所属しなくなり、1個の「私」となった自分の時間をどうやって充実させるか。 …「老い」の入り口として、案外深刻なのです。もだえながら、老いの年代に入ろうとしているのです。

  役職仕事などが週2回ほどでもある人は幸せです。 どんなにまだ働く意欲があり、能力があっても、社会はもう彼を必要としない場合が多いのです。

  意欲、目標、生き方を変えなければならないのが、特に男の還暦からだと言われています。 充実感を求めながらも、行くところもなく、デパートや図書館にたむろしているシニアを見ながら、他人事でないと思ったのです。

  かつて、新しく希望に満ちて立ち並んだニュータウンも、今ではほぼ一斉に70歳以上の街になりました。 その人達も一斉に出かけるところは、図書館とデパート。 そこで時間をつぶす人生を見て、わが身の生き方をも考えさせられたのでした。

  そのような時の流れの中、私は、何かを求めて、60歳代で「新生会」に入居しました。


 「老い」の問題は、健康や医療の問題だけでなく、「生き方を変える」問題でもあると、強く思っています。



2013年8月15日


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