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榛名無名雑感
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第62号  主のなさる業
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     聖画


   もうずいぶん前のことになりますが、私が中学校教師になりたてのころのことでした。
   A君という人なつっこい、かわいらしい少年が入学してきました。  A君は付属の小学校出身で、友人も多く、先生方からもかわいがられていました。

   そのA君が、中学2年生のころから、思春期に入り、急に荒れ始めました。  勉強にも手がつかず、問題行動も多くおこしました。  ある日突然髪を真っ黄色に染めたり、頭部中央だけを刈り込んだりして、家族や先生、友達をも驚かせました。
   そして、とうとう転校することになってしまいました。 その転校先でも給食の時間に先生に味噌汁を投げつけたり、手に負えなくなったと聞きました。

   やがてA君は暴走族に入り、ある有名な暴走族の総帥にまでのしあがりました。 そして警察のご厄介にもなり、ついに少年院に入れられてしまったのでした。 この間、数年の出来事でした。  少年院でもけっして模範生ではなかったようです。
 
   ある日、その少年院にいるA君を、小学生時代の担任の小川先生が面会に行かれたのです。  そして小川先生はA君に一冊の薄い本を差し入れました。  それは、A君が小学校時代に学んでいた「マタイによる福音書」という小学生向けに絵も入った聖書でした。

   A君はその聖書を手にして、ガラリと顔つきが変わったといいます。  あの純な時代に読んでいた聖書を手にして、それから少年院の中で毎日毎日、聖書を読んだのです。  A君は変わりました。やがて少年院を出て、シニアスカウトの奉仕に励むようになり、すっかり更生したのでした。
 
   

   急に古い出来事を思い出してしまいました。

   小川先生が差し入れた子供向けの聖書が、そんな力を発揮するとは・・・神様が小川先生を通してなさった業 としか考えられませんでした

 
  これは子供だけの話ではありません。強がっていても、幾歳になっても、人は皆、意外にも愛を 「求めている」 ことに気づかされます。 また、神様から最も遠いと思われる人ほど、 神様はその人を愛してくださっていると 、強く思ったのでした。


   歳をとるにつれて、愛とか神とか、仏とか、祈りとか、 若い時には自分に関係のないことに思われていたことが、 いつのまにか心のテーマになっている自分に気づく、 今日このごろです


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第61号  「呼ばれるもの」
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 自然はぶれない


   第59号で紹介した、病院の院長兼看護学校校長をしている、私の教え子中島昌人氏は、心に残る言葉をホームページで残してくれています。 抜粋だけを紹介してみます。

「看護師を目指す皆さんは、どんな理由でこの道を選ばれるのでしょうか? 
 不況、就職難な社会において、資格を得ることが生きて行く上に大きな財産になるから。
 おそらく、そんな理由の方が多いと思います。 それも一つの理由でよいかと思いますが、今一度自分に問いかけてく ださい。

  職業とは、欧米ではbusinessとか workと言いますが、別の言い方でcallingというのがあります。職業とは「呼ばれるもの」、すなわち人智を超えた大きな力によって選ばれているという認識があるようです。

  看護の道を目指す皆さんも何かに呼ばれてこの道を志しているのではないでしょうか。

  私たちの看護学校では、職業訓練はもちろん、人間としての在り方を共に考え、人間力を磨き、愛の看護を実践できる人間を育成したいと考えています。」・・・・・・

  私はこの文章を何度も何度も読み返しました。
  
  「呼ばれている」…新生会で日々介護に励んでいらっしゃる方々も、心折れそうになってもなお頑張れるのはこのことがあるからでしょうか。…
  
   新生会の自立型マンションに居を構えた私の様な者でも、大いなる目に見えない力によって「呼ばれて」、この地に来ている。 誰に何と言われようとも、神様のシナリオとして、このことだけは、ぶれずにいたい…


   教え子の書いた言葉「Calling」に、私は、救われたのでした。
 
第60号 福祉は「美」です
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 人生は常に大宇宙


   社会福祉法人新生会は、コンビネーションシステムと言って、自立型の高齢者マンションから、ケアホーム、介護付きホーム、特養、訪問介護まで揃っている総合福祉施設です。

   先日、見学者を案内している本部のIさんから、「比較的若い入居者がどのようにホームでの生活の仕方をしているか聞いてみたいと言っている方がいらっしゃるので、お話をしてあげてくれませんか」と依頼がありました。

   新生会に入居される方は様々で、
    (1) 60代でも、子供いなく、先々の安心のため。
    (2) 子供がいても、海外や地方に転勤、嫁に行ってしまい、夫婦、あるいは一人になってしまった方。
    (3) 夫婦どちらかを看取って、一人になってしまった方。
    (4) 持病を持ち、最近特に体力に自信がなくなった方。
    (5) 80歳になったから…70歳になったから…

   私は、(1)に当たりますが、(1)でなくても、比較的若く、まだ働けそうな人の過ごし方を私達夫婦なりにお話してさしあげました。

   まず車を持つこと。 できたら、仕事を持つこと(私は、東京に、月2~3度ほど出かける職がある)。  高崎のカルチャーセンターや、大学の社会人講座を探ってみること、農作業をしてみること…など、なるべく、ホームを拠点にして、「外」に出かけるリズムをつかむことが、元気なうちは大切ではないかとお話をしました。

  ホームに入ってからの人生は、一つの人生です。  ホームに入ることは人生の末期からだけではありません。ホームにいても、東京にいても、どこにいても、シニアになれば、どう生きてよいか迷うことは同じです。

    私たち夫婦は、少し早すぎるといわれながら、もう一つの人生を創る健康と時をこの場に求めたのです


    新生会の見学者には、年齢を問わず、「早く入るのがよいです」と答えることにしています。  

   ホーム入居の適齢期はありません

いずれにしろ、年を取れば、病を持たない人はいません。外にも出れなくなるかもしれません。 認知症も日常になるかもしれません。大切なことは、年齢に関係なく、常に「病」の側に傾くのではなく、最後の一呼吸まで、心は、感謝と前向きに生きたいと誰でも願っているのです。

    ここは象徴的な意味で、世界社会の演習場、多様な人生の修練場、生命と死に対面する場。   

   そこに人間の「美」があります。福祉は「美」です

    それが、「健康型」と「被介護型」の間に立ち位置を持って見えてきたことでした。


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