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榛名無名雑感
第64号  ある日の食堂で
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  みんなの食堂

   ある日の食堂で、 私のテーブルに、一人のご婦人が来られ、 カトリックの信徒の書かれた祈りの冊子をくださいました。 そして、そのご婦人がこのようなことを言われました。

  「この本の中にも、 ゆるし ということが書かれていますが、 自分は、 人を許す ということがもっとも難しいと思います。 祈りながら、許しても許しても、 どこかに相手を許せない自分の心が残っている。  とくに相手が 許しを受け入れてくださらなければ・・・。  本当に許しきるということは、私にとって、難しい問題です。」 とおっしゃいました。

 私も同じ思いでした。

 どうやら、「老い」や「死」を受け止める時と同じように、 人を「ゆるす」という心の問題も、 神様にとりなしていただかなければ、 とても自分の心だけでは解決できないことに、 誠実な一人のご婦人の、短い心の内のことばを通して、 改めて 考えさせられたのでした

 新生会、ウエルカムセンターの食堂での、 夏のひと時のことでした。


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第63号  つらい道のりを歩むとき
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   光を信じて


   松井秀喜が大リーグのプレー中、左手首を骨折したことがあります。以後、治療、リハビリの長い道のりを歩むことになりました。

  やがて、復活して、MVP,国民栄誉賞を得ました。 

  その松井秀喜がこんな言葉を残しています。

   
   骨折する前の状態に 「戻そう」 とするリハビリや練習では、 息苦しく 感じてしまう。 しかし、「さらに進化しよう」 と思えれば、 つらい道のりも、 少しは楽しく感じられます

 
  何事もそうかもしれません。

    病気と 戦うとき、「さらに進化する戦い」と 思えないでしょうか。
    家族が苦境に 落ち入ったとき、「さらに進化する戦い」と 思えないでしょうか。
    老いを 感じるとき、「さらに進化する戦い」と 思えないでしょうか。
  
    死を恐れるときも、死は終わりではない、「さらに進化する戦い」と思えないでしょうか。


  心が苦しい時、絶望の時、 仏や神に、 それぞれの信仰に基づいて、 切なる祈りをもって、 祝福と進化を求めていけたら…と、  松井秀喜の言葉から、思い描いたのでした。!


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